Dr.コトー診療所と実体験

無医村な地域って、日本にどれぐらいあるのだろう。。。ちょっと風邪をひいた時でも、薬局に薬を買いに行く感覚で近くの病院に行ける、そんな今の自分の環境が無いとしたら、どうだろう。。。
昔、ある患者を自分の不注意から死なせてしまった過去を持つ、主人公の五島健助。その患者の兄が五島に復習するためにルポライターとなり、五島の過去を記事にしようとするが、最後には五島の医者としての熱意を感じ、暗い過去を暴くような記事を書かなかった。
しかし、記事には「たった一人で、島民全ての命を守る医者」というような見出しが付けられていた。それを目にした五島は、複雑な、そして深刻な顔をする。
また自分の不注意が起これば、島民の誰かが死ぬ。もう、二度と過去の過ちを繰り返すな、そんな意味が記事の見出しに込められていた。。。
そして、今回の特番へとストーリーは繋がる。
本当に、自分の住む地域に医者がいないという事になれば、どんなものなのだろうか。


コトー診療所で看護師を勤める星野彩佳の母が倒れる。
緊急手術で一命をとりとめるものの、体の右半分のマヒと言語障害という後遺症が残ってしまう。星野彩佳は看護師という立場を忘れ、冷静さを失ってしまう。そればかりか、外科専門である五島にとっても、後遺症に対するリハビリの知識は乏しく、焦りを隠せないでいる。
星野彩佳は父の反対を押し切って、母を本土にあるより施設の整った病院へ移す事を決める。。。
あの、、、これ、、、
自分の母の時の実体験、そのまんまなんだよね。。。
私の母が助からないと分かった時、今より施設の良い、母の病気を専門的に研究しているような病院で移そうと考えたの。主治医の先生に相談した時、嫌な顔もせず、直ぐに招待状と今までの検査結果一式をまとめて用意してくれた。
でもね、母は病院を移る事には良い気持ちではなかった。
今まで、真剣に自分の体を観てくれた先生を裏切るような、そんな気持ちがあるようで、何度も何度も母は主治医の先生に謝っていた。
だから、星野正一が五島に謝るシーン、凄くよくわかる。
ドラマでは、最後には星野正一も星野彩佳も、そして五島もある事に気づく。それは、患者本人の気持ち。
家族はみんな、肉親が病気になったのだから、なんとしても治療しようとする。星野彩佳が別の病院へ、、、という気持ちも自然だと思う。自分の時だって、母を別の病院へと考えた。
でも、患者本人は、、、ドラマ同様に私の母も病院は移りたくないと。結果的に私の場合、病室の空きもなく直ぐに入院できなかったので、元の病院へと戻った。今から思えば、それで良かったのだと思っている。母は主治医の先生を信頼していた。医者としてだけではなく、一人の人間として信頼していたように思う。だから残された時間の中で、そのような人と時間を共有できたという事は、単なる治療だけではない、それ以上の充実感が母にはあったんだろうと。
ドラマで五島は悩む。医者として、治療の限界。一人の人間として、患者のいる家族に入り込めない現実。結局、自分は何も出来ない。そう、五島は悩む。
五島は患者が島に残りたいという気持ちを知って、初めて気づく。自分の中に、患者の今の気持ちを考えてやれなかった事を。
今回の特番は凄く、自分の実体験がオーバラップするような感じだった。この「Dr.コトー診療所」は「白い巨塔」や「ブラックジャック」に比べたら、医療問題そのものをテーマにしているわけではないけども、色々と考えさせられる。
感想らしい感想になってないけども、「白い巨塔」や「ブラックジャック」と共に、機会があれば「Dr.コトー診療所」を観てみることをお薦めします。少なくとも、近い将来、自分の肉親の誰かが命に関わる状態になるはずなんです。不老不死なんて、今だ科学的に確立してはいないのですから。そんな時に、もしかしたら、このようなドラマを観て感じたこと、考えたこと、それらが心の支えになるかもしれないのです。

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