アンディ・ウィアー原作のSF小説をフィル・ロード&クリス・ミラー監督、主演ライアン・ゴズリングで映画化された同名作品、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を観て来ました。
以下、特に重要なネタバレは無しです。
2年ほど前に原作も読んでいて、そもそも小説でそれほどSF作品を読んだ事もない私ですら、凄い面白くて、上下巻に分かれた文章量ですら、全く苦にならずに最後まで読む事が出来て、最後の最後のラストシーンが「うわぁ」って声が出たほどだったので、今回の映画化を楽しみにしていました。
と同時に、アニメ以外でちゃんと原作を読んだ状態で観た実写映画って、初めてだったかもしれない。
ちなみに一緒に観に行った妻は、原作も読んでなければ予告篇映像すら全く観ていない、完全白紙の状態からの体験でしたが、「面白かった、ロッキーが可愛かった」という第一印象だったようなので、まあ、原作モノの映像化は常に賛否両論が付き物な中、エンターテイメントとしての映像作品、映画としては原作を知らなくても楽しめるのであれば、成功と言えるのではないでしょうか。
この映画、157分(154?、156?)という上映時間が長めの作品でした。
原作を読んでいて「面白かった」と感じている自分からの第一印象は、「頑張って原作を出来るだけ映像化しようとしていたな」という好感でした。
ただ、原作が相当のボリュームのある作品だったので、157分という時間をもってしても、かなり〝駆け足〟で物語を進める必要があったんだな、という部分は原作を知っている人には凄く見えてしまうところでしたね。
たぶん原作と映画で、決定的に違うのは最後の〝エピローグ〟的な部分かなと思っています。状況やら主人公の心境も含めて。
ただ、原作の最後の最後のラストシーンは、しっかり再現されているので、自分的には「うん、OK」っていう感じです。
アンディ・ウィアーの原作では、色々な事柄が〝科学的根拠〟に基づいています。
主人公のグレース博士と異星人ロッキーの漫才(笑)も、常に〝科学的根拠〟が背景にあります。
だからこそ、こういう台詞になるのか。
だからこそ、こういう状況になってしまったのか。
地球人のグレース博士と、異星人ロッキーとの間での共通事項が〝科学〟なんですよね。
この辺りが、映画ではバッサリとカットされているイメージで、出来るだけ〝通常〟の会話で成立させるような演出になっていました。ここを丁寧に映画で描こうとしたら、かなりテンポも悪くなるだろうし、とても157分では収まらないでしょうね。
なので、映画の中での会話で、「なせ、そうなる?」みたいな観ていて分からない、分かりにくい場面が多々あったと思うのですが、その辺りに興味があれば、原作を読んでみる事をお薦めします。
もう一つ、映画では分かりにくいのが、地球人のグレース博士と異星人ロッキーの知的関係性。
一般的なSFモノって、地球人より異星人の方が圧倒的な科学力を持っているという設定が多いと思うのですが、グレース博士とロッキーでは、さほど差は無いという設定で、更に科学的知識や理論については地球人の方が異星人より上回っているんですよね。
ロッキーは理論は後回しにしても、あらゆるモノを作り出せるエンジニアとして地球人を逆に上回っている。
だから、ロッキーは「なせ?」という好奇心を、語尾に「質問?」と付けて表現している。
この関係性は、映画の中では薄められている感じがしました。
地球人のグレース博士は中学校で科学を教えている教師で、この話全体が〝科学的根拠〟に基づいていて、異星人との共通項目が〝科学〟で、ロッキーの惑星エリダニ40で暮らすエリディアン達の「なぜ?」という科学への好奇心が、最後の最後のラストシーンへ繋がるので、そういう意味では原作より、映画の方がラストシーンの感動?衝撃?は、ちょっと弱かったかな、と。
ま、とは言っても、最初に言った通り、エンターテイメントとしての映画としては、大変よく出来ている作品で、むしろ原作を知らなくて観た方がストレートに楽しめるんじゃないかと思うぐらいなので、観に行って157分を使っても大丈夫な作品だと思います。
で、細かい部分、それこそ「なぜ?」と思うのであれば、ぜひ原作も読んでみて下さい。
最近、文庫版も出ましたからね。
P.S.
「ロッキー、可愛い」現象が広がっているようですが、冷静に見ると、あの姿で「可愛い」というのは謎だと思いつつも、最初は気持ち悪いと言われ続けた大阪関西万博のミャクミャクも今や「可愛い」大爆発しているので、ゆるキャラ的なカテゴリー認識に入ると?、めちゃくちゃ強いなー、と。
ただし、原作のロッキーは、なかなか嫌味も言うキャラですよ(笑)
あと、国家諜報機関のトップ、ストラットですが映画だと、責任者としての冷酷な判断に苦悩する演出がありますが、原作では普通に怖い人です(爆)
P.S.
予告篇が公開されて、もうその映像の中で〝ロッキー〟が映り込んでいたりして「予告篇でネタバレされてる」っていう感じで、色々と言われた経緯があるっぽいですが。。。
これはねー、原作はね、、、主人公のグレース博士が一時的な記憶喪失状態から始まるんです、もう小説の最初の1行目から。とにかくグレース博士は、「此処は何処?」、「私は誰?」、っていう状態なんです。
もちろん、自分が宇宙船の中にいる事も、地球から11光年以上離れている事すら、わからないんです。
そして〝読み手〟も、このグレース博士が感じている以上の説明文が全く無いので、こちらとしてもグレース博士と同じ状況なんで、、、
「で、アンタ誰よ?」、みたいな状況で読み進めていくんですよ。
読み進めていくうちに、1つ1つ記憶が蘇っていくと同時に、その記憶が蘇った範囲だけ、私達〝読み手〟側も理解が深まる、という構造になっているんですけど、これはもう小説という文字だからこそ出来る演出方法だと思うんですね。
これを映像化してしまうと、絵面を観ただけで「はいはい、宇宙船ね」とか「今、宇宙でしょ」って分かってしまう。
そういう意味では、原作のような演出をするには無理があるので、あのような予告篇になってしまう部分はあるだろうし、何より宣伝なので「これ、面白そう」と思わせる事が第一目的ではあるので、「ネタバレ」と言う話ではないと思っています。
だから、映画では特に前半のグレース博士が目覚めて、一時的な記憶喪失から記憶を取り戻すまでの間は爆速です(笑)
ここは原作のような事をしようとしたら、テンポも最悪になって寝てしまう人も多いかもしれない。なので、これは正解だと思います。
P.S.
最初の方で、グレース博士が中学校で授業をしているシーン。
日本語吹替版では有名なVTuberがお二人?ほど参加してます。
あと、科学の授業っぽいのに、生徒の机の上にはRolandのビンテージなリズムマシンが乗っていて謎でした(笑)
パッと目についたのは、CR-5000(8000かも?)と、TR-909はありました。
誰かの趣味でしょうか。。。
P.S.
2年前、原作を読んだ時、新刊で1,700円の上下巻で3,400円だったのが、この前、本屋で見たら同じ新刊が2,300円になってて、文庫版が1,500円ってなってて、凄く驚いた。
新刊が2年で、これだけ値上がりするのー、と。(翻訳物という理由もあると思いますが)
そして、それより文庫版が1,500円て、、、確かに今や文庫でも1,000円ぐらいするの珍しく無いですし、そもそも500円程度では買えなくなって来た。
むしろ新刊の方が割安に感じる逆転現象。。。
(価格は税別で書いてます)

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