スカイ・クロラ

観に行って来ました。
「スカイ・クロラ」
以下、ネタバレって事でも無いですが、これから観に行かれる方は、予備知識無い方が良いと思います。


「争い」があるから「平和」を実感できる。
「争い」の無い世界で、果たして人は「平和」を実感できるのだろうか。
思い出したなぁ、、、チャップリンの「殺人狂時代」。
尊敬している人でもあるし、短編・長編と、だいたい作品は観て来たけど。心に残って、「この人、凄いわ」って背筋が寒くなったのが、「殺人狂時代」だった。アメリカを追放される切っ掛けにもなった作品。
例の台詞ね、、、正確な言い回しは忘れたけど(^^;;
殺人鬼を演じるチャップリンの、法廷での台詞。
「人、一人殺せば犯罪者だが、戦争で多くの人を殺せば英雄だ、、、私なんてアマチュアだ」
でもね、この台詞よりも、この少し後のシーンで記者に話す台詞が凄く印象に残ってて。
これも正確な言い回し忘れてるけど。。。
「善だけでは駄目なんだよ、悪も必要なんだ」、、、って。
「独裁者」でファシズムを真っ向否定し、「殺人狂時代」で戦争そのものを真っ向否定した映画なのに、なぜか「悪」の存在を肯定した台詞を言わせてる。
「善」だけなら、いいじゃない、素敵な事じゃない。
、、、そうじゃないの?
結局、「悪」が存在しないと、「善」を感じられないの?
「善」とか「悪」とか、そういう言葉を使ってしまうと、とても曖昧で、、、悪も必要って言うなら「だったら戦争は良い事なのか、どうなんだ」みたいな話も出てくる事でしょう。。。チャップリンだって、そんな単純な意味で使ったんじゃないと思うんです。戦争という行為を否定しつつも、なぜ、あんな台詞を主人公に言わせたのだろうって。
「平和」を実感するために「戦争」がある、、、というのは、このスカイ・クロラという映画の、とてもストレートなメッセージだと思うんです。主人公の上司が滔々と長い台詞の中で語るんですね。と同時に、その無意味さ、そこから何も生まれてこない愚かさも知ってる人なんです。だから苦しんでいる。
善だって悪だって、ちょっと見る角度変えたら、どっちがどっちなんて分からない。
そういう事を「受け入れられたら」、それが幸せなんだろうなぁ、、、って、そう思います。
どっちかが必要とかじゃなくて、やっぱり、これからの時代も、ずっとずっとこの先も、何かしら相反するものは存在していくものだと思うし。。。
片方しか無くて、それこそ「右向け右」の世界は、まるでファシズムに逆戻りしてしまう。。。
かろうじての救いは、あの二人、カンナミとクサナギが分かり合えた事。
主人公が上司に「何かを変えるまで君は生きろ」って言う。
辛いんですけど、二人は「受け入れる」気持ちを持とうとしている、そんな気持ちで、、、唯一、救われた台詞でした。
最後、「ティーチャー」に戦いを挑む主人公。
それまでは、戦争は仕事だと、それ以上の考えを持って無かった。
主人公が自分に言い聞かせるように呟きます。

いつも通る道でも 違うところを踏んで歩くことが出来る
いつも通る道だからって景色は同じじゃない

「ティーチャー」なんて、本当は実在なんてしないんだろうね。
心の中にいるんだろうなぁ。。。
あ、、、うん、でもね。
これは、きっとポジティブな映画なんだ。
今、最後の最後、本当に最後のシーンを思い出してる。
「あぁ、きっと、何かが変わるんだな」って思える。
色々と考えさせられた映画でした。

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