トート音楽院・梅田校 (旧 RMS ローランド・ミュージック・スクール梅田校)が11月30日をもって閉校

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トート音楽院・梅田校が2022年11月30日をもって閉校となりました。
(東京・渋谷、五反田校は引き続き運営されます)

私自身、もう4,5年は通っていませんでしたが、形式的にはトート音楽院・梅田校の生徒として在籍をしていました。

記憶が定かでは無いのですが、私はたぶん1992年か93年頃から、トート音楽院・梅田校の前身になる『RMS ローランド・ミュージック・スクール 梅田校』(以下、RMS)に通い始めました。
その頃は、大阪駅前第二ビルにスクールがありました。

そうです。
元々、Rolandのショー・ルームがあった場所です。そこが、そのままRMSとして生まれ変わった形でした。
昔からのシンセ好きの方であれば、この大阪のRolandショー・ルームに遊びに行った方も多いのではないでしょうか。

当初のRMSはRoland直営だった事もあり、教室内にはRolandの定番シンセから最新モデルまで導入されていました。また〝デスクトップミュージック〟(以下、DTM)の火付け役でもあった為、当時としては珍しいDTMコースもありました。またRolandの単体ハードウェアシーケンサー、MC-50等の打ち込みも学ぶ事が出来ました。

その為か、ピアノ・オンリー、クラシック・オンリーのような音楽教室ではなく、歌謡曲からロック、私のようなテクノ音楽まで幅広く対応していて、生徒さんのやりたい音楽スタイルに合わせるレッスンが出来る、なかなか有りそうで無いスタイルの音楽教室でした。

もちろん、基本的には教則本等でレッスンが進行するのですが、何時でも脱線出来るというか、突然自分のやりたい曲や音楽があれば(見つかれば)、直ぐに切り替えられる自由度がありました。

そういう意味では、子供さんより大人の生徒さんが多かったと思います。
以前、音楽をしていたけど社会人になったり結婚等で生活環境が変わって音楽から離れてしまったけど、今は時間が取れるようになって、また音楽をやりたい、とか。
社会人になってバンドを始めたので、その練習をしたい、とか。
私のようにDTMで打ち込みやシンセを使いたい、とか。

そんな生徒さんも多かったと思います。

私自身、最初は打ち込みもするけど、基本的にシンセを鍵盤楽器として演奏する〝シンセサイザー・コース〟に通っていました。その頃は、打ち込みにMC-500(mk IIだったかな?)とか、MC-50を使用しつつ、メロディーパートとかを演奏するようなレッスンを受けていました。
それから2,3年後ぐらいに〝DTMコース〟に変更して、〝ミュージくん〟を少し触ってから〝レコンポーザ〟を使い始めました。

その頃、年に1回の外で大きなホールを使用した発表会と、同じく年に1,2回ほどスクール内でやるミニ・コンサートがあって、もう生徒さんでは私しか使用しないであろう機材、S-550やR-8、JD-800なんかを使って曲を演奏してました。

しかしながら、2000年に入った頃から、少しずつRMSの方向性が変化していく事になります。
特に方向性が明確に変わり始めたのは、〝ビクター・テクニクス音楽教室〟を吸収合併した辺りからだと感じています。

Rolandの創業者である、故・梯郁太郎氏が教育の分野に力を入れ始めます。
自ら財団を立ち上げ、コンクール等を通じて優秀な人材は海外へ留学させるような、そんな方向性を打ち出し、その流れはRMSにも影響を与えます。

今まで大人向けの自由度があったレッスン内容も、ピアノやオルガンがメインに位置付けられ、その頃より少し前には〝シンセサイザー・コース〟も無くなっていた思います。
スクールの方針について、何かしら説明を受けた記憶があります。
元々、〝ビクター・テクニクス音楽教室〟は子供さんの生徒が多かったようで、いっきに大人の雰囲気から子供向けの印象が強くなったようなRMSになりました。

そしてシンセ系で唯一残された〝DTMコース〟に通う生徒さんの発表の場も、無くなっていったように思います。

そして2011年だったかな、RMSの梅田校と渋谷校の運営母体が、現在のトート音楽院になりました。
(何時からかわかりませんが、現在のトート音楽院・梅田校には〝DTMコース〟が、もうありませんでした。渋谷校のみとなっていました)

考えてみれば、この頃からある種の崩壊が始まっていたのかもしれません。

Rolandといえば、世界的なシンセサイザーのブランドです。
世界中のファンが、Rolandらしいシンセの登場を、何時も期待しているはずです。

ピアノでもオルガンでもありません。

そんなRolandの直営スクールが、シンセを捨ててピアノやオルガンに力を入れたとしても、ヤマハやカワイの音楽教室の足元にも及ばないでしょう。

2000年代の初めは、ハードウェアからソフトウェアへ変わる時代でもあったと思います。
と同時に、その真逆ともいえる現象が起こっていました。
90年代からのリバイバルブームです。
Rolandでいえば、TB-303にはじまり、TR808や909等ですよね。

その期待にRolandは背を向けて、全く応える事をしませんでした。
ここからRoland暗黒の時代が始まります。
世界から期待される、また必要とされるシンセサイザーを全く創れない企業になってしまう。

そんな暗黒時代も、お家騒動という形で一つの決着をみるわけで、その後に発売されたシンセがどうだったのかは、ご存知の通りだと思います。

ここで、Rolandの創業者である、梯郁太郎氏が亡くなられた時に、私がfacebookで書いた文章を添付しておきます。
Rolandファン、シンセファンで梯郁太郎氏を尊敬する人はいても、批判する人は少ないと思うので、追悼と批判を込めて書いた文章になります。

Rolandの創業者、梯郁太郎さんが亡くなられた。
梯さんの偉業は、今さらシンセ好きの一個人が云々書いても、というぐらいの話で、この方の存在なくして、私のような素人がシンセを楽しめる環境は生まれなかっただろうし、世界の音楽業界に多大なる影響を与えた日本人。
90年代中頃だったかな、Roland直営音楽スクールに通っていた私は(今もその流れにあるスクールに在籍はしていますが)、年一回の発表会の会場で、何度か梯さんをお見かけした事がありました。

心からご冥福をお祈りいたします。

と、同時に、もう一つ。
シンセサイザー業界の革命とRolandを世界のシンセサイザー・ブランドにした方であると同時に、Roalndをシンセサイザーのメーカーとして迷走させ、それが日本製シンセサイザーの信頼を失う結果を導く要因を作ってしまった、そういう方でもあった事は、忘れてはいけません。

その結果が、記憶に残っている方もいるかもしれませんが、2014年のRolandお家騒動。現経営陣と創業者との対立です。
梯さんは、90年代には少なくとも経営も含めてRolandからは引退して、次の世代に全権限を渡すべきだったと思います。

2000年以降になると、教育の分野やクラシック音楽、ピアノ系のような事に傾倒していってしまっていたように思います。
Roland直営スクールは、元々は大人向けの色合いが濃い音楽スクールでした。その為、ジャンルも幅広く、クラシック音楽からシンセサイザーミュージックまで網羅していた。
しかし、梯さんの方向性に影響される形で、子供中心、発表会というよりもコンクールを重要視する方向性に転換しました。
それに伴い、私のようなシンセや打ち込み中心の生徒さん達の発表の場が減ってしまいました。

知っている方も多いとは思いますが、「過去の技術を使うな」というよな方向性は、梯さんの影響力からきていたものだと思います。
イノベーション、という意味では、とても大切な事ではありますが、音楽にとって過去の技術が、、、という「技術」に拘り過ぎると、そこにリスナーやユーザーの視点が入り込む余地が無くなって来ます。

例えば。
アナログシンセの「技術」は、果たして「過去」の技術なのでしょうか。だとしたら、MOOG社の現行シンセは古臭いシンセであり、そこからは新しい何かが生まれない、という事なのでしょうか。
梯さんの影響力が薄らぎ、そしてお家騒動の後、Rolandがどういったシンセを出して来たでしょうか。
そこからも、色々な事を感じ取れるはずです。
日本製シンセがつまらない、、、海外製シンセの方が個性的だと再び注目が集まり、今のガジェットブームも海外が発端ですよね。

やっと今、日本製シンセも再びスタートラインに立ったような気がします。

梯さんは偉大な方であると同時に、反面教師でもあったと思います。

Rolandには、梯さんを反面教師として、この方を超えるイノベーションを見せて欲しいです。
それが、シンセの歴史の一端を創り上げた梯さんへの、恩返しでもあると思います。

https://www.facebook.com/unyo303/posts/pfbid029zY1HDgv3NDUkzM335E4EnYEe8KCow6T7Q8B7KNZYdSiJm3vcd4vUyxgXz6imGKWl

トート音楽院・梅田校が閉校するのには、様々な要因が重なった結果であると思うので、スクールの方向性云々は、私の個人的な意見でしありません。
時代の流れもありますし、大阪の経済状況もあるでしょう。なにより新型コロナウイルス感染拡大による社会的影響も大きかったはずです。

音楽は自由なはずです。
学べる環境があるなら、その自由を受け入れる姿勢を大切にして欲しいと思ってます。

演奏しなくても、音楽は出来ますから。
五線譜がなくても、音楽は出来ますから。
ホワイトノイズでさえ、音楽は出来ますから。

改めまして、私を担当して頂いた先生のみなさま、大変お世話になりました。

ありがとうございました。

P.S.
ローランド・ミュージック・スクールという、名称と音楽教室は現在も運営されていますが、開校当初とは全く違う音楽教室になっていますね。。。
個人的には子供の頃からシンセサイザーや電子楽器(パソコンやDAW、ソフトシンセも含めて)に慣れ親しめる音楽教室が存在して欲しいですね。