日本一周一人旅アーカイブ 1992-1993 vol.42

日本一周一人旅アーカイブ

今から28年前。1992年〜1993年に掛けて、約2ヶ月間の駆け足で巡った日本一周一人旅を、当時の旅日記と残っていた資料、そして遠くなった記憶を頼りにアーカイブ化していきます。
ただ、さすがに記憶が曖昧なのと、28年前にもなるので、もう今は存在しない場所や建物、宿泊施設。また廃止された路線等もあるかと思います。また地図を載せている場合も、正確な移動ルート等を現していません。
アップしていく写真も、今から28年前のプリントをスマホで撮影しています。現在とは様子も変化している事でしょう。
このアーカイブ化していく情報は、全て28年前の情報となります。
当時の事を、旅日記をメインにして簡単にまとめて行きますが、もしかすると記憶違いな事を書いてしまう可能性がありますので、ご理解頂ければと思います。

1993年9月27日(月) / 晴れ

6時ぐらい目が冷めるも二度寝して、起きたら6時半過ぎだった。
まだ朝御飯の時間には早いし、、、もう7時40分のバスで池田湖に行くのは諦めた。

でも、もう一回、指宿に戻って来て、池田湖に行きたいよなあ。

7時半過ぎに朝御飯。
5,6人にグループは、もう食べ終えて仕事? に行ったようで、一人で泊まっていた人と話す。
なんでも、13,4年前は大阪に住んでいたそうだ。

部屋に戻って時刻表と睨めっこ。
開聞岳の方まで行って帰って来れないかなあ、と調べるも指宿の次の山川駅から先が、電車の本数が少なくなって、どうにも時間的に無理だ。

9時前に宿を出発。
結局、最後まで宿にいたのは、私だけみたいだった。

途中、郵便局に寄ってから指宿駅へ。
できれば池田湖はリベンジしたいので、とりあえずバスの時間をメモしておいた。

今日も良い天気。
このまま沖縄入りしたいところ。

指宿駅を出発して、海を見ながら再び西鹿児島駅へ。

西鹿児島駅に着いて、待合室に荷物を置いてから10月号の時刻表を購入。
ついでに鹿児島空港へ行くバスの時間もチェック、20分おきぐらいに出てるみたい。

お昼御飯にカツカレー。

バス乗り場に行って並んでいると、係員? の方が来て鹿児島空港までのチケット販売。前払いのようだ。
ほどなくバスに乗り込む。前方に荷物置き用スペースもあったけど、乗ってくる人も7,8人と少なかったので、自分の座席の横にザックを置いた。

西鹿児島駅を出発して、高速に乗るまでトロトロした感じだったけど、高速に入ってからはスムーズ。
40分ほどで鹿児島空港に到着した。

さてさて。
チェックインをせねば、、、えっと、エアーニッポン、、、ANKは、、、どこ?

あれ、無いなー、と思っていたら、ああ、そうだ、と。

エアーニッポンANKは、全日空ANAと同じだった。
ANAの窓口へ。

ANK(エアーニッポン)は、2012年にANA(全日空)に吸収合併されました。

予約時のクーポン番号を伝えて座席指定へ。
禁煙席の窓側が良かったのですけど、既に埋まってるとの事で、迷ったけど喫煙席なら空いてるとの事だったので、喫煙席の窓側へ。

荷物を預ける、、、9.5kg、、、10kg近く背負っていたのか。。。

と、チェックインはあっさりと終了。
出発まで、まだ1時間半ぐらいある、どうしようか。

お土産店巡りをしつつ、展望デッキへ行ってみた。

沢山の飛行機が見える、そして離陸に向けて動き出す飛行機、着陸してくる飛行機を眺める。着陸態勢に入って、滑走路に入って来た飛行機が、また高度上げていくのが見えた。どうしたんたろう。その間に、1機が飛び立っていった。
ベンチもあって、ゆっくりしながら、なかなか楽しい。

さて、ぼちぼちかな。と、保安検査場へ。
あのゲート、すんなり通れるかなあ。
ちょっとドキドキする。

手荷物でカメラを持っていたので、どうするか聞かれた。
聞かれても仕方ないのだけど、、、カメラのフィルムとか感光しちゃうのかな?
ま、いいや。

そして問題なく通過。
それからしばらく待って、いよいよ飛行機に搭乗。

実は人生初飛行機。
これまで電車やバスとか船ばかり、空の移動はした事が無かった。

機内に入ると、意外と狭い?
自分の席に行くと、既に誰か座ってる、、、???

あれ、とチケット確認するも、確かに、そこの席。

座ってる人に声を掛けると、「誰もこないかなと思って」、と。

うーん、電車じゃないんだからさー

というわけで、窓側に座る。

いよいよ飛行機が動き出した。
客室乗務員の方が緊急時の説明をしている。ほどなく、ぐおっーというエンジンの爆音と共に急加速。

飛行機離陸の初G〜

一瞬、下に抑え込まれる感覚と同時に、ふわっと浮き上がったのがわかった。

シートベルトのランプが消えて、ドリンクやらのサービス。
窓を覗くと、もう下は一面の海、そしてプカプカと浮かぶ雲。

しばらくしてアナウンスが流れた。真下、ちょうど奄美大島上空を飛んでいるらしい。うわー、海がすごく綺麗。
写真を撮ろうとしたけど、ピントがうまく合わず、、、

1時間10分ほどのフライト、いよいよ沖縄。
一旦、沖縄上空を越えてから、ぐるっと180度旋回するような感じで、沖縄那覇空港へ。

いちだんと海の色が綺麗、エメラルドグリーンに白い波が映える!!

着陸手前、グワングワンと揺れて、ちょっと緊張。
そして、ドンッという衝撃音と共に着陸、いっきに急ブレーキで減速。

無事に沖縄到着!!

預けていた荷物を回収して出口へ。

えーと。。。
あ、発見!!

矢頭さん。
矢頭さんと会うのも久しぶり。

矢頭さんも、冨田さんや北海道で会った人達と同じく、電波新聞社月刊マイコン読者仲間なのだ。
実家は鳥取だけど、沖縄の大学へ通っている。

矢頭さんの友達3人も来てくれていた。

挨拶もほどほどに、矢頭さんと1人はバイク。
私は、その友達2人と車で移動。

とりあえず矢頭さんの家へ。
40分ほどで到着。
なんだかいかにも下宿先、っていうイメージのアパートで、宜野湾市にある。

荷物を置いて、しばし休憩したり、その間にも矢頭さんの友達が帰ったり、また来たりしていた。

夕方、みんなで晩御飯を食べに行った。
沖縄そば?、かなを食べる。
あとチャンブルーのなんだったかな、美味しかった。

一旦、矢頭さんのアパートに戻って、今度は行きつけの居酒屋さんへ行く。

漁師さんをイメージするような店内、天井には船が飾ってあった。
お店の雰囲気も良かった。

お店のマスターとは顔馴染みになってるそうで、更に大学の教授も来ていた。

ここで初めて〝豆腐よう〟を食べた。
強烈な味、、、いや、めちゃくちゃ美味しいんですけど、強烈過ぎて、つまようじで削り取りながら食べる感じで、こんなの一口でパクっ、なんて無理無理っていう感じなぐらい強烈、でもホントに美味しい。

その後、マスターとみんなで色々な話で盛り上がった。
楽しい人達だ。

お店を出て解散。
矢頭さんとモスバーガーに立ち寄ってジュース買って、ぶらぶら散歩する。

沖縄国際大学の構内を通って、すぐ近くに米軍基地があった。

今になって思えば、目の前にあった基地が『普天間飛行場 (普天間基地)』だったんですね。

矢頭さんの家に戻って、2時頃に寝た。

移動距離 : 約915km
指宿温泉 〜 指宿駅 〜 西鹿児島駅 〜 鹿児島空港 〜 那覇空港 〜 宜野湾市内 〜 沖縄国際大学

注意 : Googleマップ仕様の関係上、下車等せず通過した地点も記載したルートになっています。また、当時の正確な移動ルートを再現しているものでもありません。〝大凡〟のルートになります。


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