所詮、原作者は〝原作者〟なんだから黙っとけ、という上から目線な風潮

Diary

某漫画家さんが自殺した件。
 
Blueskyで個人的に思う所見をツラツラと書いていたんですが。
まあ、ここにもまとめて書き残しておこうかと。
 
圧倒的にドラマ制作側(テレビ局や脚本家等)に批判が集まってるような感じですが、個人的に違和感があるんですよね。

まあ、映像化してやるよ?、メディアミックスしたいんだよね?、著名俳優やタレント起用するんだよ?、と上から目線な体質は今に始まったわけでもなく、所謂〝原作レイプ〟のような愚行は以前から横行していたわけですよね。
そういう意味での批判は、常に湧き起こるわけで、今回もそんな感じだと思うんですが、一旦、その方向の批判はスルーして、もうちょっと本質的に問題というか、もっと批判されるべき立場の人達がいるような気がしてるんですよ。
 
それは、出版社側の事です。

むしろ、テレビ局側より、罪が重いんじゃないかと感じてます。

漫画家さんの書き込みからの目線と言いますか、その立場から考えると。。。
漫画家さんとドラマ制作側の唯一の接点は、テレビ局側のプロデューサーだけだったようで、基本的には出版社が漫画家さんの代理として、テレビ局側と対峙していた構図になるように思えるのですが。

で。

ドラマ化するに当たって、諸々な希望や条件を出版社を通じて、プロデューサーへ、そしてドラマ制作側へ、という流れだったのかな、と。

仮にテレビ局側が、「いあ、諸々と許諾頂いて進めてた」って話が本当だとすると、それに首を縦に振ったのは出版社じゃないの?、という疑問があります。

出版社としてはドラマ化する企画が、原作者の意向と合わず流れてしまう可能性は考慮していたのだろうか。それとも、どんな形であれ、ドラマ化実現ありき、というスタンスだったのだろうか。

結局のところ、出版社とテレビ局側で、どんな話し合いがなされていたのか、原作者を蚊帳の外にしておいて、

また、この漫画家さんの文面だけては判別不可能ではあるのですが、この漫画家さんはドラマ化するに当たって、監督や脚本家とお会いしたい、話し合いの場を持ちたい、という意向があったのだろうか。
もし、そのような希望があった場合、出版社はどうのような対応をするだろうか。

原作者である漫画家さんがドラマ化するに当たって出した条件は、なかなかハードルが高い内容だと個人的に感じていて、これはあくまで原作者側の希望であるわけで、そこは双方の話し合いで妥協点はいくらでも作れるとは思うのですけど、そうならずに最悪の結果になってしまったわけですよね。

仮に出版社側がドラマ化実現ありき、というスタンスであれば、こんな厳しい条件を原作者が直接、監督や脚本家の目の前で発言する事態だけは避けたかったんじゃないのかねえ、と思うわけです。
こんな事で、ドラマ化の話が無くなっては困る、とかさ。

っていうね。
ここまでモジュラーおじさんの勝手な妄想で書いてるんですけど、ただ一つハッキリと思う事はさ。

自分トコが抱えている作家さんの権利を守るのも、出版社側の責任だろ、このボケ。

、、、と思うわけです。
そこは強く思うわけです。

あの一連の文章も出だしに、「文章の内容も出版社(実際には出版社名が記載)と確認して書いています。」と書かれている。

にも関わらず、死亡後の出版社から出たコメントは、テレビ局側と申し合わせたかのような他人事コメント、「今までありがとうございましたー」(意訳)っていう。

は?、って。

漫画家さんの訴え、あの文章もお互いに確認して、出したんでしょう。
そこはスルー、なの、あなた?

なんかさー、漫画家さん。
テレビ局っていうよりも、信じていた出版社に裏切られた、っていう気持ちの方が大きかったんじゃないのか、と。

それに失踪後、ほどなくして捜索願いが出されたような感じのニュース記事も目にしたけど。
いい大人が数時間とか連絡がつかなくて、直ぐに捜索願いとか、普通はありえないよね。
アシスタントやら直接関わって来た編集者とか、友人とか、身近にいた人からは、相当以前から悩んでいた姿を目にしていたと思うし、「もしかして」と思うぐらい危惧しなくてはいけないぐらい、追い込まれていたんじゃないのかなぁ。。。

ホントさ。
出版社の方が、よっぽどタチが悪いよ。
守れよ、アンタんトコの作家さんなんだぞ。

と、ここまではBlueskyにツラツラと書いてた事を、改めてアレコレ考えながら書いてみた、ですが。。。
ここからは、追加で感じた事を少し。

小説であれ漫画であれ、原作とは違う媒体に落とし込む場合、そもそも論なんですが、、、「原作に忠実に」という事自体が不可能なのではないか、と思う点です。
これはたぶん、原作者が違う媒体の監督や脚本やコンテを手掛けたとしても、「原作に忠実に」とはならない作品になるんだろう、と思ったりするわけです。
これは原作者側からだけではなく、その原作のファン側からの視点でも、「原作に忠実に」とはならないんだろう、と。

結局、どう妥協して、原作とは違う、そしてより良い作品に仕上げるか、というプロセスを丁寧に進めるしかないような気がするんですよね。

原作者が監督や脚本をやるのであれば、「原作に忠実に」かどうか以前の話として、原作者として監督として責任を背負う立場なので、その結果を受け入れるしかないわけですが、大半の場合、原作と違う媒体とでは、責任を負う人が違うわけですから、どうしても妥協が必須事項となってくるはずなんです。

ボジティブな意味での、妥協ね。

ボジティブに妥協するには、やっぱり当事者同士、原作者なり作家さんと、違う媒体の制作側と、話し合いを進めて妥協点をしっかり作り上げる事が大切なような気が凄くしてます。
それで妥協点が見出せないのであれば、その企画はストップするべきなんですよ。

そんなプロセスも、今回の件については全く無かったんだろうな、と。

まあ、何にしても、こんな理不尽な話は二度と御免、という感じしかしないですよね。
軽々しく、「ご冥福を、、、」なんて、まだ言える状態じゃないと思うよ。

そして原作者としての〝想い〟が、蔑ろにされませなように。

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