日本一周一人旅アーカイブ 1992-1993 vol.04

日本一周一人旅アーカイブ

今から28年前。1992年〜1993年に掛けて、約2ヶ月間の駆け足で巡った日本一周一人旅を、当時の旅日記と残っていた資料、そして遠くなった記憶を頼りにアーカイブ化していきます。
ただ、さすがに記憶が曖昧なのと、28年前にもなるので、もう今は存在しない場所や建物、宿泊施設。また廃止された路線等もあるかと思います。また地図を載せている場合も、正確な移動ルート等を現していません。
アップしていく写真も、今から28年前のプリントをスマホで撮影しています。現在とは様子も変化している事でしょう。
このアーカイブ化していく情報は、全て28年前の情報となります。
当時の事を、旅日記をメインにして簡単にまとめて行きますが、もしかすると記憶違いな事を書いてしまう可能性がありますので、ご理解頂ければと思います。

1992年8月18日(火) / 晴れ

まずは、電波新聞社へ。
受付で月刊マイコン(My Computer Magazine)編集部への訪問を告げて、、、、えーと、確か7階か8階だったかなあ、、、商談室のようなフロアへ。
もちろん、事前にアポイントは取ってあって、訪問するのも2,3回目ぐらいになると思う。
 
日記によると、青山さんという方が対応して下さったようで、お元気でしょうかね。
どうやら、この時に月刊マイコンの最新号を戴いたようです(笑)
この日本一周とは無関係とも思えるIT系出版会社の訪問については、話せば長くなる別件話になるので(笑)、ここでは割愛しますが、実はこの先の旅で少し関係もして来ます。
 
さて、電波新聞社で楽しいお話をしていたら、あっという間に時間も過ぎて(忙しいところ、対応して頂いて、ありがとうございました)、次に予定していた電車の時刻がヤバイ。。。
 
急いで山手線は五反田駅から東京駅へ移動。
東京駅から東北新幹線へ、、、あーっ、、、乗る予定の新幹線の発車ベルが鳴り響いている〜、、、
 
セーフ。。。
 
東京駅から東北新幹線で宇都宮駅へ移動。
っていうか、東北新幹線に乗ったのは初めてだ。
 
宇都宮駅からJR日光線に乗り換えて、日光駅へ。
観光名所として名前は有名で知ってるんですけども、こんな機会でもないと、関西に住んでて日光まで行く事も、なかなか無いですもんねえ。
 
さて、日光駅から何処へ向かうか。
まだ先へ進む予定を考えていたので、あまり時間を取れません。
ロッカーに荷物を入れて、さて。。。
アレコレ時刻表を見て、霧降の滝へ行くことに決めた。
 
バスに乗って霧降の滝へ。下車してから徒歩10分ぐらいで、森の中に雄大な滝が見えた。
気持ちいいねえ。
(どうして日光東照宮へ行こうとしなかったのだろう。。。)

JR日光駅と霧降の滝

日光から宇都宮に戻り、在来線で黒磯駅まで移動。
そろそろ夕方になろうとしている時間。
今宵は、何処で泊まろうか?
 
実は。この旅をスタートして1日目の新宮夜行(車内泊)、2日目の長野県伊那市3日目の東京、、、までは事前に決めていた予定で、東京のビジネスホテルも事前に予約をしていました。
 
そして、この4日目から全くの〝ノー・プラン〟(笑)
いよいよ、本格的な一人旅の始まりです。
 
那須温泉に泊まれたらいいなぁ、と思いついて早速、駅前の観光案内所で旅館等を確認するも、何処も満室。。。民宿もあたってみて、と言われて、手持ちのパンフやガイドブックに載ってる宿を片っ端から電話、、、日記によると24軒も連絡したと書いてる、、、ホントかな?(笑)、本当なんだろうなあ。
ケータイの無い時代ですよ、テレフォンカード持って電話ボックスで格闘ですよ。
 
結局、全滅。
今はだいぶマシになったとは思うのですが、やはり〝一人〟宿泊というのは、旅館や民宿側からしてみれば、あまり受け入れたく無いわけですよね。
たぶん、これが2,3人のグルーブだったら、簡単に宿は決まってたのかな、と思う。
 
はてさて、どうしよう。
外は薄暗くなって来たし、案内所も閉まって。。。
 
「えー、いきなり駅で野宿?」なんて思いながら、たぶん旅館や民宿だからダメなんだと思い直して、ビジネスホテルに変更。駅から近くて、更にビジネスホテルが何軒か選択の余地がある場所がいいか、と。
 
そして福島駅のビジネスホテルで、やっと部屋がとれた。
 
うし、急いで向かおう。
ここは時間が惜しいので、黒磯駅から一旦、那須塩原駅へ後戻りしてから、東北新幹線でいっきに福島駅へ。
 
完全に夜になってしまったけど、なんとか宿へ辿り着いた。
 
いやぁ、この先、どうなる事やら。。。

移動距離 : 約362km
五反田駅 〜 東京駅 〜 宇都宮駅 〜 日光駅 〜 霧降の滝 〜 黒磯駅 〜 福島駅

注意 : Googleマップ仕様の関係上、下車等せず通過した地点も記載したルートになっています。また、当時の正確な移動ルートを再現しているものでもありません。〝大凡〟のルートになります。


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