日本一周一人旅アーカイブ 1992-1993 Vol.01

日本一周一人旅アーカイブ

今から28年前。1992年〜1993年に掛けて、約2ヶ月間の駆け足で巡った日本一周一人旅を、当時の旅日記と残っていた資料、そして遠くなった記憶を頼りにアーカイブ化していきます。
ただ、さすがに記憶が曖昧なのと、28年前にもなるので、もう今は存在しない場所や建物、宿泊施設。また廃止された路線等もあるかと思います。また地図を載せている場合も、正確な移動ルート等を現していません。
アップしていく写真も、今から28年前のプリントをスマホで撮影しています。現在とは様子も変化している事でしょう。
このアーカイブ化していく情報は、全て28年前の情報となります。
当時の事を、旅日記をメインにして簡単にまとめて行きますが、もしかすると記憶違いな事を書いてしまう可能性がありますので、ご理解頂ければと思います。

1992年8月15日(土) / 晴れ

いよいよ出発日当日。
初めての長旅でもあり、45リットルのザックにアレもコレもと詰め込む算段をするも、結局かなり荷物を減らす事になった。全然、入らない。。。
せっかく買った寝袋も置いていく事にした。ガイドブックも各都道府県別に、必要なページだけ切り取る事にした。
それでも、、、重い。。。これを持ってずっと一人旅するのかと思うと、まだスタートもしていないのに、ちょっとゲンナリしてしまう。
それにしても、出発日だというのに落ち着いている。計画している間は、一人で凄く盛り上がっていたのに、いざ出発となると、淡々した感じが自分でも不思議な気分。
 
出発初日、いきなり夜行列車での旅をスタートする(笑)
如何にも私らしい?、スタート。
 
新大阪駅を22:44発、紀伊半島をぐるりと周って新宮駅に、日付変わって早朝5:01着の夜行列車、通称〝新宮夜行〟だ。
この当時は、〝大垣夜行〟(大垣-東京間)に代表される普通乗車券だけで乗れる夜行列車が幾つか走っていた。青春18きっぷだけでも乗れるという事で、鉄道ファンから旅費を安く抑える目的等、夏休みのようなの期間になると、利用客も多かった。
 
座れないと悲惨なので、新大阪駅に出発1時間半前に到着。大垣夜行だと2時間ぐらい前から並び始める経験からそうしたのですけど、、、ホームに誰もいない(笑)
 
「あれ?」って。
 
結局、新大阪駅の時点では、それほど混む事もなく、定時22:44に出発。
いよいよ日本一周が始まる。
 
昔ながらの硬い4人BOX席。寝るための寝台列車では無いので、あくまでも夜間を走行している列車という扱いなので、列車内の消灯も無い。確か、途中で少し薄暗くなるぐらいだったと記憶している。
 
私の座る4人BOXの向かいには、兄妹風の子供さんと親は通路を挟んで隣の席に座っていた。
 
途中、紀伊田辺駅に1:37着、20分ほどの停車。
ここで全6両のうち、後ろ3両が切り離し。残り3両が新宮行きとなる。
白浜駅でも20分ほどの停車。所謂〝時間調整〟というやつですね。そのまま走行すると、新宮駅の到着が早すぎてしまう為、大きな駅では長めの停車時間を設けている。
 
うつらうつらしていると、誰かしらの「あ、海だ」という声で目を覚ます。
ちょうど那智の手前辺りで、海岸と、そして日の出が始まった。
なんとも綺麗な光景。
 
そして新宮夜行は定刻通り、新宮駅に5:01着。
 
日本一周一人旅初日は、実質スタートして1時間半程度で日付が変わり、終了となった(笑)

移動距離 : 約273km
新大阪駅 〜 新宮駅

注意 : Googleマップ仕様の関係上、下車等せず通過した地点も記載したルートになっています。また、当時の正確な移動ルートを再現しているものでもありません。〝大凡〟のルートになります。


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