日本一周一人旅アーカイブ 1992-1993 vol.40

日本一周一人旅アーカイブ

今から28年前。1992年〜1993年に掛けて、約2ヶ月間の駆け足で巡った日本一周一人旅を、当時の旅日記と残っていた資料、そして遠くなった記憶を頼りにアーカイブ化していきます。
ただ、さすがに記憶が曖昧なのと、28年前にもなるので、もう今は存在しない場所や建物、宿泊施設。また廃止された路線等もあるかと思います。また地図を載せている場合も、正確な移動ルート等を現していません。
アップしていく写真も、今から28年前のプリントをスマホで撮影しています。現在とは様子も変化している事でしょう。
このアーカイブ化していく情報は、全て28年前の情報となります。
当時の事を、旅日記をメインにして簡単にまとめて行きますが、もしかすると記憶違いな事を書いてしまう可能性がありますので、ご理解頂ければと思います。

1993年9月25日(土) / 晴れ

ホテルで朝御飯、洋食。

さて、3度目となる島原鉄道に乗って、島原駅へ。

初めて島原鉄道と島原に訪れたのは、1991年6月の雲仙・普賢岳の大火砕流があってから2,3ヶ月ぐらい後だったと思う。その時は、島原城が自衛隊の駐屯基地となっていた。当時、非常勤務していた郵便局の仲間で募った募金を持って、島原市役所まで訪れたんだよね。島原駅から先、島原鉄道が不通になっていて、バスで行けるところまでいって、帰りは島原鉄道のレールの上を歩いて帰った。モクモクとした煙と溶岩ドームが見える普賢岳が不気味だった記憶がある。
この時は、熊本側からフェリーで渡ったんですけど、火砕流の真正面を通るコースになる為、かなり迂回するルートに変更されていた。
島原市内のビジネスホテルに泊まって、朝方、土石流のサイレンで起こされたな。。。

2回目は記憶が薄らいでいるけど訪れた。

雲ひとつ無い快晴、とても気持ちいい。

いつの間にか、うつらうつらと寝てしまった。
ふと目が覚めると、雲仙・普賢岳も見える景色に変わっていた。以前見た時より、火砕流後のような山頂付近が、更に大きく崩れているようにも見えた。

煙は絶え間なく出ているし、やはり溶岩ドームらしき大きな塊のようなものも見える。島原駅に近付くに連れて、普賢岳の手前にある眉山が見えて来て、普賢岳が見えなくなった。大火砕流の時、島原市内中心地は、この眉山が防波堤になって、大きな被害も出なかった、という話を聞いた事があったな。

そして1時間ちょっとで島原駅に到着。
切符は島原外港駅まで購入していたけど、島原外港駅周辺は何も無かったような記憶で、フェリーの待ち時間もあるので、この島原駅で途中下車した。

コインロッカーに荷物を預けようかと思ったけど、1時間ぐらいで次の電車に乗るし、それで400円を出すのもなあ、と。1時間ぐらい大丈夫かなと思って、ザックは待合室に置いたままで、島原の街中へ。駅の正面には島原城が見える。
土曜日なので郵便局は開いてないかもしれないけど、、、と思いつつ、とりあえず郵便局を探してみたんですけど、以前に来た時は、レンタサイクルだった記憶で郵便局にも行ったような気がしたんですけど、なかなか見付からず。。。

商店街の方やら、ウロウロしただけで結局、郵便局には辿り着けずに駅まで戻って来た。

島原駅から電車に乗ってすぐ、空に大きな煙が覆いかぶさる感じで、立ち込めて来た。

わ、もしかして火砕流?!

運転士さんも、少し徐行運転に変えて、窓から覗き込んでいる。
島鉄本社前駅から乗り込んできた人も、「またやねえ」と運転士さんと話をしていた。

まだ普賢岳の活動が活発なのでしょうね。

島原駅から10分ほどで、島原外港駅に到着。
ここからフェリーで有明海を渡って、熊本側へ。

島原外港駅は、2019年に島原港駅と改称されました。
島原鉄道は諫早駅から島原半島を半周するように加津佐駅までの路線でしたが、1991年の雲仙・普賢岳の噴火と大火砕流による災害、その後の社会情勢等もあって、島原外港駅〜加津佐駅間が2008年に廃止されました。

フェリーまで時間があるので、近くのレストランで昼御飯、ピラフを食べる。
熊本で冨田くんと合流する予定なので、お土産を買った。

そろそろ時間、桟橋からフェリーに乗り込む。
バイクやら観光バスも入っていった。

早速、甲板後方のデッキへ。
さあ、出航。

しばらくして島原半島が小さくなっていくと、普賢岳からの扇状に広がる、土砂と灰が混じった火砕流跡が、山の麓から海岸線まで続いているのが見えて、デッキにも沢山の人が集まって来た。

この景色を見るのも3回目だけど、まだまだ復興が始まったという感じはしなかった。

島原港を出航して60分、天門橋を通って熊本側、三角港に到着。
桟橋が壊れているのか?、一般客も車両が積んである下まで降りて、車とかと一緒に下船。
三角港には、名前にちなんでか、三角形な建物だった。

旅日記には記録が無いのですが、島原港〜三角港間は三角島原フェリーが運行していたと思われるのですが、2006年に運行を廃止したようで、現在はこのルートを結ぶフェリーの運行は無いようです。

歩いて4,5分で、JR三角駅に到着。

電車に乗り込んで、しばらくすると海が見えて来て、対岸は島原半島で凄く煙たく見えたのは、普賢岳からの噴煙なのかな。
風によっては熊本側まで火山灰が届くらしい。

1時間ほどで熊本駅に到着。
熊本は、島原同様に何度も訪れてる場所、、、といっても阿蘇方面ばかりなんだけどね。

さて、熊本駅を出て、、、冨田くんが見当たらないなあ。
ウロウロと探していたら、後ろから声が聞こえた。

冨田くんとは1年ぶりの再会
そう、去年の日本一周中の北海道は札幌で、冨田くんと合流して、砂時さんの自宅でお世話になった、あの時以来だ。

今は、熊本大学に編入してるそうだ。

熊本中央郵便局へ行きたかったので、とりあえず市電に乗って辛島町駅へ。そこから歩いて郵便局に寄ってから、熊本桜町バスターミナルまで移動。

バスに乗って熊本大学前のバス停まで。
冨田くんは、この近所のアパートに住んでる。

荷物を置いて、自転車でブラブラしようかと言う事になったのだけど、もう1台は大学に置いてるから取りに行こうとなったところで、自転車の鍵が見当たらなくて断念。
そのまま、冨田くんアパートで色々と話し込んでいたら、大学の友達が遊びに来た。

夜は冨田くんがラーメンを作ってくれた。

移動距離 : 約109km
諫早駅 〜 島原駅 〜 島原市内 〜 島原駅 〜 島原外港駅 〜 島原港 〜 三角港 〜 三角駅 〜 熊本駅 〜 辛島町駅 〜 熊本中央郵便局 〜 熊本桜町バスターミナル 〜 熊本大学前

注意 : Googleマップ仕様の関係上、下車等せず通過した地点も記載したルートになっています。また、当時の正確な移動ルートを再現しているものでもありません。〝大凡〟のルートになります。


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