物語とモジュラー

新聞にて、任天堂・宮本さんのインタビュー記事が載っていました。
そこで、ゲームに「物語(性)」が必要なのか、、、という事を言われてた。
もちろん、コンセプトというか、作り手の「内に秘めた思い」という部分は必要なわけですが、遊び手に直結する部分で言う「物語」が必要なのか?、と。
「物語が終わってしまう = そのゲームが終了」
この図式が、凄く気になっているそうなんです。
宮本さん的には、「物語」を排除して行く方向で、もうちょっと、作り手と遊び手の垣根を曖昧にするというか、そのゲームの遊び方も含めて、それぞれの遊び手が好きに見つけて発見して欲しい、、、という気持ちがあるそうなんですね。
逆に、作り手からすると、「え、そんな遊び方もあったの?」となれば、素敵だな、、、みたいな話。
「遊び方」と言っても、ゲームそのもの、、、という意味合いでもないみたいなんですよね。ゲーム自体の遊び方とか使い方は、やはり作り手が提供する必要性があるわけで。
ゲームの世界とか、そういう事じゃなくて、ゲームをしている人達の空間というかね。
ゲームの中の仮想的な空間ではなく、あくまでも実際にプレイしている人、そして、その隣にいる人、それが友達同士であったり、恋人同士であったり、家族だったり、色々な状況が考えられるんだろうけども、そこでゲームを通じて、人と人の間での、新しい遊び方が生まれて欲しい、、、みたいな事なんだと思います。
「人とゲーム」、という図式じゃないんですよね。
で、ふと思ったのが、私の使ってるモジュラー・シンセ


 
何かモジュール買うとするじゃないですか。
もちろん、簡単な3,4ページのマニュアルも付いて来るんですけど。。。
そのモジュール単体の機能説明しかないんですよ。
その機能説明も、仕組み的な話で、まず音とか音楽と無関係な事ばかり。
「で、結局、このモジュールで何ができるの?どんな音、作れるの?」
そういう説明が無い(笑)
申し訳程度に、パッチング例が記載されている場合もあるのですが、それでも例題に取り上げている他のモジュールを持ってない事には、その例題パッチングも再現できないわけで、ほとんど意味が無いレベル。
あくまでも、単品のモジュールとして完結した製品として、世に出してるんですね。他のモジュールとの組み合わせ的な事は、基本的に考えられていないんです。
それらを複数組み合わせた場合については、作り手としては「好きにして」と(笑)
実際問題としても、遊び手側は、それぞれで持っているモジュールの種類も数も違うわけですから、それらとの組み合わせを考えたマニュアルを作るなんて不可能ですし。
例えば、一般的なシンセって、今も昔も、、、
https://www.unyo303.com/blog_files/basic_synth.jpg

、、、って感じですよね。
この流れは固定されているわけで。
でも、モジュラーの場合、同じシステムでも、その順番とか数とか、制限が無いわけですよね。

これ、こんな音が出ました(笑)

この順番と数、とっかえひっかえしてもOKなわけですから。
作り手が、「そんなパッチングすんなよ!!」みたいな事、やりたいじゃないですか(笑)
なんか、宮本さんの発想が、モジュラーと似ているなぁ、と思っただけの話なんですけどね(^^;;
まぁ、「物語」があった方が、そこに乗っかりやすいし安心だし。
極端な事を言えば、遊び手は何も考えなくても、作り手の用意した「物語」を眺めるだけでOKなわけで。
そういうのは、日本人には合ってるんでしょうけどね〜
Doepferのモジュラーだけでも、こんなにあるわけです。
他社のDoepfer互換モジュールを合わせると、200種類ぐらいはいくんじゃないでしょうか。
互換というか、、、CVとGATEの付いているシンセなら、何にでもパッチングできるわけで。。。(笑)
そう考えると、過去のアナログ・シンセの大半も、モジュールとして考える事も出来てしまう。
もう、、、どう使えっ!!、、、ってレベルなんです(笑)
MIDIの自由度の無さを実感したり(爆)

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